活動休止と一般教養

こんばんは。


期末試験が終わった大学生も多いのでは!ないでしょうか。私は今日の二限で終わりました。皆さんもお疲れ様です。長かった試験期間が終わり、やっと一息つけると思い、筆をとりました(?)


さて、今週は色々なことがありました🚶‍♀️


先週の日曜、ジャニーズからの突然の知らせは、まさに新聞社が【列島激震】と書くにふさわしいものとなってしまいました。ちょうどその頃私は、ジムでのトレーニングを終え、浦和駅twitterを見ていたところでした。非適合者の一員、tsubotaのツイートにて、珍しく、嵐という単語を見たので、何か発表でもあったかな?と思い、検索してみると、そこは2020年以降活動休止の文字。脳の理解が追いつかないとはまさにこの事で、急いで公式ウェブに移動すると、嵐からの「ファンの皆さんへ大事なお知らせ」という動画を見ました。動画を見ていくと、リーダーの言葉とそれぞれからのメッセージが。駅のホームで涙が抑えられず、北浦和に着いても暫く動けないまま、動画を見終えました。その後のことは正直全然覚えていなくて、数人から「生きてる?大丈夫?」という内容のLINEを頂いたりと、御心配お掛けしました。次の日がテストということもあり、ひとまず勉強、フラフラになりながら帰路に着きました。家に帰っても、現実を見たくなくてすぐに会見は見ませんでしたが、日付が変わって少しだった頃に、断片的ではありますが会見の様子を見させて頂きました。悲しさというよりも信じられない気持ちが大きく覆っていて、正直会見を見ても泣くばっかりだし、私個人としてはあまり救われなかった気もしますが、迅速な対応、メンバーの誠実な言葉などは、確実にファンの皆さんの思いに向き合っていたと思います。少し前に、大野担のファンらが、「智君を自由にしてあげて」と盛んに言っていた時期もあり、心のどこかでいつかこういう日が来るのかなぁ、という気持ちはありましたが、あまりにも早過ぎないか、と、この1週間過ごしてきました。歴史の試験中にもふと思い出して泣いてしまったりしましたが、(目が合った教授すみませんでした)、今は、夜通しYouTubeに浸ったり、買った雑誌のインタビューを読み返してみたりと、まあ色々なことを通じて自分の中でなんとか整理をつけていこうと思っています。


そういえば、タイトルの2つ目の「一般教養」について。大しくりした英語の必修を落としていなければ進級しているはずなのですが、1年間一般教養を学んできて思ったのは、1つ目、当たり前のことですが、好きなことをやるには好きじゃないこともやらなければいけないということ。今年度から史学科に進む(はず)で、自分のやりたいことに没頭できるはずなんですが、そこに到達するまでが長かった。正直1番辛かったのが教育学、法学。特に法学、お前はなんなんだ。法学部、私を落としてくれてありがとう。万が一にも入ってしまっていたらつまらなくて発狂していたところでした。必修刑法憲法なんて、留年確定になってしまう。縁があったんですかね、文学部に・・・。


それはそうと、思った事2つ目。一般教養は、知らなくても生きていけるけど、知ってた方が知らない時より、ほんの少し楽しく過ごせるということ。印象に残ったのはアフリカ史ですね。一々内職してる生徒に怒ったりする先生だったので放っておけばいいのに・・・と思うところはありましたが、日本史選択の私が、アフリカ史なんていうのを勉強する機会は中々無いわけで、たくさんの刺激を与えてくれました。ホッテントットヴィーナスとか、ルワンダ虐殺とか、知るべきことを何一つ知らずに生きてきたこと、その一つひとつを噛み締めながら、日々を過ごすようになったことは、一般教養科目の良さだと思います。あと、政治学。試験が大層なもので、1年前に9割の生徒の単位を落とし、学生部から文句を言われてしまいました、と、誇らしげに壇上で語る教授!恐ろしいところです、大学は・・・。でも、講義自体は魅力的なところが多くて、楽しい時間を過ごせました。


だんだん眠くなってきたのと、明日以降某ブラックバイト7連勤という地獄なので、早めに寝ます。今日は横田と会えてスタバに行ったり、いい日でした。Mステ・・・。(息絶えた)

明けてもおめでたくない正月

こんばんは。


バイトが終わり帰ってきました。当然塾のほうです。


正直個人的には明けても明けなくてもめでたさは変わらず、いつも通りの一日一日を潰していくだけなので、こんなタイトルになってしまいました。


今年を受験生として過ごさなかったことが少し嬉しいですが、せっかくなので1年間を振り返ってみます。 


1月 センター試験。本格的に学校に行かなくなる。確か2日間だけ登校した。センター対策はほとんどせずに突入。このころSKJの合格保証を貰ってしまい、気が緩む。過去問を解きまくる。めちゃくちゃ体調が悪くなり、自習中に「風邪薬買ってきてもいいですか」と、怖めな社員さんに聞いたら、「いや、帰れよ」と怒られた。(結果粘って授業受けた)。何日経っても治らず、フラフラのまま登校する日を繰り替えしたが、家族の誰もインフルの検査は陰だと言っていたため、ただの風邪だろうと思っていた。つい数日前、家族にその話をしたら、実は、母親と姉がインフルになっていたことが判明した。私に言ったらブチギレると考えたらしく、黙っていたそうだ。通りで頭痛も熱もあった訳だ。全てに合点がいったが、そんな中増田塾皆勤賞を記録した自分に大きな拍手を送った。


2月  私大入試突入。最初の入試は成蹊大学(全学部入試)だったが、超ギリギリでの合格だった。余裕で受かると思っていたが、合格者20人のうち18位だったので、「ヒョエ〜!」となってしまった。滑り止めの恐ろしさを知った。次、立教の社会学部。国語も英語も9割は超えた筈だけど、日本史がお粗末だった。多分7割くらいだと思う。普通に受かった。夏までに英語をやりまくった自分を讃えた。ここで若干満足しかけたが、続けざまにほかの学校の入試となった。次、学習院。確か文学部史学科。日本史の論述で毎年やられていたが、偶然にも数日前に資料集を読み込んだ、秀吉の朝鮮出兵ネタだったので割と書けた。ここも普通に受かった。次、というか、ここから落ちまくる。早稲田文構。倍率10何倍にビビるも、謎の余裕で突入。会場では、頭のイカれた隣人に終始振り回されるも、なんとか終了。結果、不合格。実力不足を痛感した。電話音声で言われた時、心の中に重石を置かれたというか、まあそんな感じの気持ちになった。早稲田の中でもまあ高くはない学部だったから、それなりには舐めていた。ヴヴーン。思えば、人生で初めて何かに落ちて、落ち込んだかもしれない。付属小受験で、第五試験のくじ引き(今はないそうです。そりゃそうだ)で、父親が51番(50までが合格)を引いた時は、落ち込むというよりは、人生で初めて父親に憎悪を覚えたので、実質初めて。切り替えて次に臨んだ。次、慶應文学部。武蔵小杉で改札を出てしまい、迷子になる。出た瞬間、左手に何かのゲートを見つけたため、取り敢えずスイカをかざしながら突破しようとしたら明らかな異音が鳴り響き、警備員さんに取り押さえられた。何かと思えば、どこかの会社の社員用ゲートだったそう。社員証ではなくスイカをかざし続けた私、敗北。ここで本格的に涙が出た。人前で泣いたのは数える程しかないけど、それくらい恥ずかしくて怖くなった。親に電話したら、おそらく仕事中だったのか、「知るか!」と言われた。心が死んだ。お金は持っていたので、武蔵小杉からタクシーで日吉まで行こうとしたが、バス停のおばさんに話しかけたところ、優しくも、丁寧に教えてくれたため、無事東急東横線までたどり着いた。感謝感激。試験会場に着き、教室に着いた。英語が最初だった気がするけど、2時間のうち最初の10分は頭がゴリラになったので、アルファベットが分からず辞書を引けなくなった。焦った。人間、極限状態に陥ると本当に「頭が真っ白」になることを学んだ。でも、塾の先生が、「慶應文学部の英語を解く時は、英語と対話して、温かい気持ちを持って返して上げてください」と言っていたことを頭の中で何度も思い出し、平静を取り戻した。文学部の英語の内容は、じっくり読むととても面白かった。大人になることはただ歳をとるだけ、という一節がとても印象に残った。日本史は、今までにないくらい年号の問題を出してきて、問題作成者に怒りがふつふつと湧いたものの、なんとかクリアした。論述は、具体例もネタもすぐ思いついたので、40分ほど残してドヤ顔で頬杖ついてた。この位の余裕でどの試験も臨むべきなのかもしれない。結果は、早稲田社学明けの日に発表だった。つまり、めちゃくちゃ遅かった。文学部は足切りもないし、論述が多いから、時間がかかるのはわかってたけど、まあ落ち確だと思ってたので、特に期待もしなかった。1番配点が高い、と言われる、英語の最後の論述で、塾の友達と回答が合わなかったのもその原因かもしれない。

次、法学部。正直なことを言うと、英語も日本史も論述も上手くいった。でも、落ちた。結果は姉が勝手に見たので、久々にブチ切れた。悲しかったけど、「もう少しやっておけばよかった」とは全く思わなかったので、自分なりにやり切ったんだと思う()

三日目、総合政策学部。小論では確率の計算を間違え、AKBを題材に文字数を埋めまくり、英語では1時間爆睡した。なぜか通ってしまった(補欠だけど)。意味がわからなかった。村井純、ガバガバ。


 暫く空いて早稲田2連続。ここからは再びの補欠祭りなので、省略。というか飽きた。


慶應(本キャン)行きてぇ〜」マンだったので、残る文学部の発表に心がソワソワした。発表の日は、社学の次の日で、ぱんつ1号機と太鼓の達人をしたり、コメダシロノワールを食べたりした。この時点で立教に決まりそうだったので、家は葬式モードだった。家にいたら、親からの「可哀想に・・・」で死にそうだったから、外で遊んでくれるのはとても助かった。発表は9時からだったけど、どうせ落ちてるし、見たらぱんつと楽しめないからと思って見てなかった。コメダで私が延々「受験はクソ」と、の垂れ死んでたら、通信制限のスマホに姉からLINEが来た。画像はその時のLINE。何が「よゆー」だ。でも、とても嬉しくて、コメダの赤いフワフワソファーに倒れ込んだのを思い出した。塾にすぐに連絡したけど、メールだったし、本部に送ったから、本当に感謝してる社員さんにつたわったのはずっと後だったみたいだった。ここで初めて、頑張ってきてよかったと思った。後から、本部のお偉いさんと話した時、「SKJの合格保証もらってたのにこれだけしか受かんなかったの?」と言われた。私大入試恐るべしだった。人生ナメナメナメックだった私が、徹底的に自信を失ったり、打たれ弱くなった1年だった。祝賀会で、特に感謝してた社員さん2人に挨拶出来たことが1番嬉しかった。早慶受かってなかったら行かない予定だったので。まあ、そんなこんなで、学校サボりまくって一日中塾にいたり、塾で出来た友達とご飯買いに行ったり、他愛もない事を話して、心が軽くなったり、そんな日常が今思えばとても充実していたことを知った。1年間やってきたことは、何一つ後悔していないし、自分の成長の糧になったと思う。1年間、何も成長しなかったと思ったけど、案外そうじゃなかった。良かった。


3月  いつのまにJKブランドを失っていた。飲食のバイトを始めた。


4月 入学した。入学式で突然肩を組み始め、校歌を歌う内部生にドン引きした。


5月  塾のバイトを始めた。


6月 特に何も無く過ぎた。


7月 なんかいろいろやったけど覚えてない


8月 またひとつ大人になった。1歳ダンディーババアになった。


9月 非適合者の人々とデズニーに行ったり、無人島に行ったりした。とても楽しかった。


10月 よくわからんハロウィンとかいうイベントにイラついた。


11月  疲れた


12月  なう



徐々に適当になっていきますね。


眠くなってきたのでお風呂に入ります。


それでは、皆さん良い年末をお過ごしください。


おやすみなさい!!!

ボヘミアン・ラプソディ

こんばんは。

地学を友人に託し、いそいそと映画館に向かいました。いつもなら、まあまあちゃんと出てる授業なんですが、ここ最近ほぼ毎日バイトで、癒しが欲しかったんです・・・。


そこで、今話題の「ボヘミアン・ラプソディ」を見てきました。以下ネタバレあります〜😌見る予定の人は見ない方がいいかも?です。


まず私自身、QUEENの曲、としては全く聴いたことがなく、「とりあえず人気っぽいから見とくか」位の気持ちでチケットを取りました。浦和映画館の会員なので、金曜は1000円で観られるのです。これ、まあ大学生なんで社会人と比べるとお得感少ないけど、かなり良い制度ですよね〜。年500円だから、1本でも見ちゃえば元取れるし。まあそれは置いておいて、席をとったんですが、なんとなくの嫌な予感が的中、3時代のくせに、前後左右空いている席がない。は?調子に乗るな😡 と思いながら、しぶしぶ後方中央の席を取りました。浦和の映画館、普通の映画館のノリで席決めると、なんかスクリーンが小さく感じるんですよね・・・少し後悔。おっと、ここで最初に遭遇した頭ネジゆるゆる観客を紹介します。10分前入場直後に入ったのですが(3人目だった)、すぐ前に入ったBBAが、後ろの方の席で、「バレないわよ!」とか言いながらやいのやいのしてるので、よくよく聞いてみると、本来取った席と別の席に荷物を置いて、マーキングを開始したようでした。しかも、その座ってる席も、金払って取った場所ではなく、もう少し中央よりのところ。結構満席に近かったので、そのBBAたちのテリトリーがどうなったのかは自明(?)ですが、なんかムカついた。よくよく見たらお年召した方ばっかりじゃねえか。・・・でも、世代的にはそうですよね・・・。私の母がギリよく分かってない世代らしいので。50-60代の方がほとんどでした。


映画の中身に関することをやっと話します。まず、主人公はQUEENリードボーカル。「善き考えをしろ、善き言葉を話せ、善き行動をしろ」的な父の教えに対し、「それでいいことあった?」と反抗したフレディのセリフがなんかこう、ヴッとなりました(語彙力)

。この父の教えは、宗教的なものから来るそうなのですが、主人公のフレディはインド系の民族出身だったそう。そういった、出自に関する孤独が、この物語の骨組みのひとつとしてあったのは、何か示唆的なものを感じました。まあとにかく夜遊びし放題、ウェーイwみたいなところに夜な夜な行く中で、ボーカルを失ったバンドと出会います。(これがスマイルというバンド)映画前半は、とにかくサクセスストーリーを詰め込んだ感じ。実際にこういう所でライブしましたよ〜、アルバムチャートランクインですよ〜、と、かなり順風満帆な様子が描かれていたので、「あれ、まだコケない」とか考えていました。物語が転じ始めたのが、「君は運命の人だ」と熱烈な告白をして結婚したメアリーが、成功し続ける彼に、「何か隠しているの」と問うた所から。「ずっと自問していた」と切り出したフレディは、メアリーのその後の発言もあり、自らがゲイであることをはっきりと自覚しました。バンド会場(?)で一目惚れして、追いかけ続けて、やっと結婚した相手に「あなたはゲイよ」と言われるって・・・。しかも、このメアリーという女、彼が成功した金で巨大な家に住み、新しい彼氏まで出来ちゃう。この時はもう離婚してたみたいなので、何も問題は無いけれど、彼氏を紹介されたフレディの顔が曇っていったのを見ると、彼が自らはバイセクシャルだ、と主張したのも否定はできないような・・・。ただ、男女の仲なんで、所詮愛だの何だの以上に長年連れ添って、成功を見届けた間に生まれた情があるから、これが彼を悲しませたのかも?一々考えるシーンじゃないのかな〜わかんないです(放り投げた)。


このように、成功しつつもゲイであることが周囲の人間、そしてマスコミにバレてしまい、このことだけでなく出自のこととか、彼が過去に捨てた自分(この人、本名は別にあって、正式に改名している)のこととか色々聞かれちゃう。さらに、フレディのソロ活動に400万ドルが支払われることとなり、QUEENとしての活動が事実上停止されたことにより亀裂が入ったグループは、フレディ対残りの3人、という体制に切り替わり、別々の道を歩み始めました。フレディはフレディで、別にアーティストを雇って楽器を弾かせるも、あの3人の反抗意見とか、文句とか、素敵な提案とかから生まれた音楽を取り戻すためにがむしゃらになって働くも、酒に溺れ、また、恋人兼QUEENのマネージャーをしていた男にも色々と騙され、心身ともにボロボロになっていきます。隣人で元嫁のメアリーに助けを求めるも、彼女の妊娠が発覚・・・。しかし、彼女の「家に帰るべき」という発言から、裏切った恋人とも縁を切り、再び3人と活動再開しました。


→アフリカ支援のためのかなり大規模なコンサートへの出演が決まった彼らに、新たに試練が舞い込みました。それは、リードボーカルのフレディのエイズ発覚。当時、エイズは原因もわからず、いずれ命を落とす不治の病だったそう。メンバーに自らの病を告白した彼が「このことで僕を哀れんだり、怒ったり、僕を退屈させるのは時間の無駄だ」と言う。彼の生まれ持っての強さと片付けてしまわれるのではなく、伝説になるべき人間としての、そして過去に〝殺した〟(ボヘミアン・ラプソディという楽曲で、「ママ、僕は人を殺してしまった」という歌詞がある)自分への足掻きを感じました。


ラスト20分は、ほぼそのコンサートの映像のようなもので、表現性がかなり高いそう。エンドロールでは、彼が命を落とすまでゲイとして恋人が居続けたこと、メアリーとは友人関係を保ち続けたことなどが書かれていました。確か43歳で、エイズがきっかけとして発症した肺炎でこの世を去ったそう。


文章力が乏しいせいで、かなりよくわからないと思いますが、ファンはこれ嬉しいだろうなあ・・・。物語の構成自体に魅力を感じるというよりも、彼の人生に貫かれている孤独と愛に心動かされる人が多いんじゃないかな〜、と思いました。ボヘミアンという単語には、「身寄りのない人」という意味もあるそうです。へえ〜・・・。


気になった人は観てみてください😄

では〜。

専攻とクリスマス


こんにちは。

最近、夜更かしが日常化してしまっています。バイト終わるのがだいたい10時半、帰宅が11時、そこから40分お風呂(パックしながら漫画読む)、筋トレ30分(マッチョッチョを目指して)、歯列矯正で渡された電動歯ブラシ20分、録画してたテレビ見て、寝るのが2時。増田塾ダイエットに飽き、一ヶ月前から筋トレと炭水化物オフやってるんですが、まだ若いからか、そこまで辛くないです。なんか、お年寄りとかは、炭水化物オフすると骨に良くない(?よく分からない)らしいんですが、何せまだ10代なので、全然OKです。筋トレは、大体嵐の出てたMステか、しやがれを見ながらやってます。そうすることで、麗しいものを見ながら、自分の醜さを実感し、筋トレに励むことが出来るわけです。つまりそういうこと。(は?)(社畜なので、すかさず塾の宣伝をする)   今のところは、食事制限もしてるので、体重は落ちるっちゃ落ちるんですが、落ちて欲しくないところが落ちていくのが問題ですね。人間の体、非常にムカつく。


ところで、皆さんも今そういう状況かと思いますが、進振り(言い方あってる?)の時期ですね。文学部的にいえば、専攻決定。西洋史東洋史、日本史、中国文学、国文学、英米文学、図書館情報、心理学、社会学、人間関係、・・・ありすぎてよくわからん。散々迷っていましたが、受験で1番足を引っ張りやがった日本史の専攻に進むことにしました。2年生の先輩に、「日本史専攻に行きます~」と言ったら、「出た!陰キャ専攻!」と言われてしまい、とても複雑な気持ちになりました。落ちたら民俗学考古学を志望したいと思っています。幸いなのが、日本史も民考も、定員がないので、試験も面接もいらないところ。人気なウェイ専攻(社会学、人間とか)

は、GPA、試験、面接があるので、3月までどこの専攻に行くかわからない恐怖があるらしいのですが・・・。2年生になったら、なんとか中国に行きたいな~と思っています。札幌で中国人と話せるチャンスがあったにもかかわらず逃してしまったことをとても後悔しているので、挑戦└( 'ω')! 


 嵐のライブが終わり、生きる意味を失いかけていましたが、気付けば12月。世のカップルが浮き足立ち(この言葉、本来の意味と今よく使われる意味とかなり違うようです・・・最近知った)、非リアはバイトに勤しむ、この季節。ブラックバイトのせいで、週三で新都心のイルミネーションを一人で見ている私としては、厳しい時期になりましたが、今年は去年とは違う。24.25日は既に予定を入れました。出来る大学生。25日は、ヨコタンゴと高校の友達と3人で花嫁修行をします。楽しみ~。


少し早いですが、皆さんも良いクリスマスをお過ごしください🎂

現実に返ってから

こんばんは。

最近メモ帳に書いてからこっちにペーストしてるので、やたら字が大きい。

あ、無事札幌から帰還しました。

「終わっちゃったな~」という寂しさから、過去の映像漁ったり、セトリ思い出したり、まあ色々やっているんですが、何故かあんまり鮮明な記憶は残っていない。大量に撮った写真と、ラミネートしたチケットを見返していると、遠い過去を思い出しているかのような気持ちになりました。受験終わって始めて、「大学生になれて良かった」ってしみじみ思ったかも。昨年秋のこの時点では、全落ちする可能性も濃厚だったので、過去の自分を褒めてあげたいと思います。ということで(?)今頑張ってる人の努力が報われるといいなあ。特に私の友達、塾の生徒に関しては笑


  最近の楽しみは、なんだろう?あ、相変わらずですが、チャイ語は楽しい。週5の語学は、文学部の良いところの1つですね~。(罠で、週に2回は英語がある)(しかもこっちはかなりつまらない。)特に好きなのはネイティブのチャイ語です。よくよく考えると、ネイティブの先生はトリリンガル!目指したいものですね。あ、なので、ネイティブの先生は日本語喋れるんですが、授業は基本全て中国語なので、他のどの授業と比べても緊張感が比べ物にならないんですね~。中国の方って、言語としての特徴でもあるけど、話してるだけでちょっと怒ってるように聞こえるじゃないですか?これ結構慣れるまで怖かった!てか、これ私だけかな? しかも、4月の自分がネイティブの授業で一番前に座ってしまったために、明らかに授業中に振られる回数が多くなってしまった。ほかの語学とってる人には全く当てはまらないらしくて悲しいんですが、慶文チャイ語はひたすら喋らさせられるんですよ。先生が、じゃなくて、まさに生徒主体。先生が質問して、生徒が全部答えるって感じ。今までの義務教育では、the日本のぬるま湯授業にどっぷり浸かっていた私なので、夏休み前くらいまでは、ネイティブの質問に答えられなくて、恥ずかしいし、悔しすぎて俯いて泣いちゃったり(今考えると恥ずかしい)、毎週の授業が辛かったりしたけど、最近、「ここまでやってきたら先生驚くかな?」っていう限度までやってみて、求められたもの以上を目標に予習、復習することで、全く知らないことを突然振られても結構答えられるようになってきたのが嬉しくてしょうがない。将来のこととか漠然としか考えられないし、受験で第一志望受かんなくて、高校1年の時に立てた「10年計画」が全部狂って、何すればいいのか全くわからなくなったけど、今考えるとそれはそれで良かったかな?と思ってます。縁のあるところに進んで、そこで精一杯やってみて、それから考えればいいやって、思えるようになったのは、自分の小さな成長のうちの一つかもしれないですね。


あとはなんだろう?あ、散々多方面にご心配(?)をお掛けしてる例の問題は、振り出しに戻っちゃいました。なんでだろう。自分ができる最大限のことをしたつもりだったのに、結局「堂々巡り」。自分の感情が自分で支配できないの怖すぎでは・・・。でも、今回は自分で悩める所まで悩んで、結論の一歩手前、という所で周りの人に相談するようにした。人の意見すぐ聞きたくなっちゃって、「どうすればいいと思う?」って聞くのは本当に楽だけど、やっぱり自分のことだもんなあ、と思ったので。ということで、全て片付けてから個人個人にご報告します。興味ねえよって人は、既読無視でも何でもしてください。いや、本当に、毎週毎週ガッキーのドラマでどうこう言ってる場合じゃなかった。笑  自分のこと考えないとですね。


今こうして打ってる間も、二宮さんの声でファイトソングがずっと流れてます。好きだな~。


コンフォートゾーンから少し踏み出して、リスクを顧みず進んでみる。TEDで私が好きな回での言葉です。バイトも、日常生活も、ほんの少しの努力を積み上げられていけたらいいな~。無理しない程度に。


では。😌

つかれた

疲れた・・・

何か重大なタスクがあった訳では無いのですが、とにかく疲れました。最近の唯一の至福の時は、湘南新宿ラインの武蔵小杉から浦和までの約1時間を爆睡して移動する時。頭だけ体育座りみたいに、首を直角に曲げて寝ているので、首は凝りやすいけどかなり有り難い。定期代が高くなる分、帰りは絶対に座れるので、武蔵小杉経由にしてくれた親に圧倒的感謝。

    通学中、少し前まではまだ元気だったので小説とか読むようにしてたのですが、最近それすらやる気力がない。特に、遠藤周作の「沈黙」読んでいた時は、学校行く前に疲れてしまうので読むのをやめました。お気に入りはシェイクスピアの「十二夜」。頭の中で軽快なストーリーが進んでいくのがあっという間に感じられるので、通学時間長い人は是非読んでみてください。とはいっても、今は学校とバイトの往復だけでここまで疲労感が溜まっているので、社会になんて出られる気がしないのです😇🙏


そういえば一部の人に話が通じる、「色々解決」ネタ(は?)ですが、遂に終焉の時を迎えようとしている様です。何歳になっても進捗のない人間ですが、今回は頑張りました!  褒めて欲しい・・・。どのくらい頑張ったかと言うと、ドナルド・トランプが青いネクタイつけるのと同じくらい頑張った。意味分からない・・・。


   辛い辛いと嘆いてはいますが、今の生きがいは週末の嵐のコンサートなので、それまではなんとか線路に飛び込まないよう自分を抑えて生活したいです。朝って思考が停止していて、線路に電車が入ってきたり、校舎の屋上みたいな高いところにいるような、ふとした瞬間に、「今ここで死んだらどうなるんだろう」みたいなことを考えがち。本格的な自殺願望じゃなくて、ただ興味本位に近い感情ですが、日々の小さいストレスの積み重なりって意外に怖いなあって思います。辛いんです、どうしたらいいのか分からないんです、っていう受験生に、至極真当「くさい」アドバイスをする前に自分がそのアドバイスを実践しろよ、っていつも思っちゃう。ネガティブな考えは必要だけど、引き摺られ過ぎても脆くなるよって、自分に、言いたい・・・。


週末は札幌の天気があまり良くないそうですが、私は晴れ女でもないので諦めました。とにかく嵐に会えればなんでもいい、です。あと、そのあとホテルに無事到着できれば、なんでもいいんです。


では🎅

お酒の話

おそようございます。


昨日、英語の授業の課題に追われて全然寝れなかったので、今日は一日中眠かった。


   ところで昨日、ついに長年欲しいものを買ってしまいました。HOMEIのウィークリージェルネイルと、ジェルネイル用のライトです。ジェルネイル、流石に一本1000円超は高すぎない?と思いましたが、サロンに行くのと比べれば安上がりですね。嵐のライブに行くまでに五色揃えておきたいと思います。ほぼネイル初心者だけどめちゃくちゃ塗りやすいし、速乾性、剥がしやすさ、最高!w  


  そういえば最近、大学生のやらかしネタが多いですね。性犯罪は勿論ですが、大方はろくなやつじゃないと思うのでとりあえず実刑の代わりに宦官にでもして貰えば良いのではないでしょうか。


   タイトルのことですが、私は結構最近まで「仲のいい人、自分が好きな人がお酒を飲んでいるのが好き」みたいなことを公言していたはず。実際、サークルとかだと面白かったりするのですが、つい最近、バ先の飲み会で、色々な点である意味尊敬(笑)していて、個人的には結構懐いていて、かなり好きな人が、お酒飲んだらいつも以上に残念な発言を繰り返していて悲しくなりました。これを読んでいる人、お酒は程々に・・・。(TLに20歳以上はいないはずですが)


 とはいえ、自分もお酒飲んだらどうなるか、全く想像がつかないので、飲んだら一層残念になるのはむしろ私なのかもしれません。これ以上幻滅されないように頑張ります。


それでは😌😎